chinda_fall_desu’s diary

竹内豊の日記

ヒューマンコンピューターインターフェースをもっと知りたいなー

『ハーバード白熱教室』を見て、共同体について考える⑥(第六回 動機と結果どちらが大切?)

「共同体」を考え方の軸にして自分の考えを文章にしてみる。
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これまでと同様に以下の共同体の原理を踏まえて論を展開する。
原理:【共同体は自らの持続、発展を望む。「正しさ」は共同体が構成員を裁くためのものであり、構成員は共同体の持続、発展のために行動する。】


功利主義者は効用の最大化を考えることが共同体の存続に最も適している、つまり「正しい」と考えた。それに対し、カントは人類共同体のためにはその時々の状況や構成員によって「正しさ」が変化すべきではないと考える。これが功利主義者とカントの考え方の最大の違いである。


カントが考える人類共同体の「正しさ」つまり道徳は、道徳法則に従うことである。この道徳法則は自分が定める法則、自律的な法則である。そして自分が立てた法則が道徳法則かどうか確かめる方法が二つある。一つ目はその法則を普遍化しても矛盾しないことである。だがこれはあくまで確かめる方法であって、普遍化してそれが正しいか考えるためのものではない。そして二つ目は人格を究極目的しているかということ。
人類共同体で考えると一つ目は人類共同体の発展を意識していたもので、二つ目は人類共同体の境界線を意識し、守ろうとしていることが分かる。
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共同体で考えると、カントも功利主義者同様、人類共同体の「正しさ」がどのようであればよいかを考えている。しかし、カントは功利主義者の効用の最大化という原理から離れた実践的な方法を嫌い、道徳規則の順守という抽象的だが原理に近い方法を提案した。
カントの考える道徳法則は人類共同体の構成員が増えるに従って、普遍性を保つために規則が緩まるので、目的としての強さがないように感じる。だが人類共同体を意識した行動をとるには良い考え方だろう。

(第六回終わり)

(間違い等あればコメントよろしくお願いいたします。)